大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和42年(行ウ)23号 判決

原告 株式会社 弘乳舎

被告 熊本税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和四二年一月一〇日付でなした昭和三九年二月分から昭和四一年一〇月分までの物品税の更正処分ならびに無申告加算税および過少申告加算税の賦課決定処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は、その請求原因として

一  原告は乳製品の製造、販売を業とする会社であり、昭和三五年五月ごろから「ミルクコーヒー原液」なる物品を製造しているが、右「ミルクコーヒー原液」は不課税物品と信じ、従来物品税の申告をしていなかつた。

二  ところが被告は、原告が昭和三九年二月より昭和四一年一〇月までの間に製造移出した右「ミルクコーヒー原液」につき、昭和三九年二月分から昭和四一年三月分までは物品税法(昭和三七年三月三一日法律第四八号)第一条別表第二種第四類第四一号ロ(昭和四一年法律第三四号による改正前)、昭和四一年四月分から昭和四一年一〇月分までは物品税法第一条別表第二種第一七号2に掲げる「コーヒーシロツプ」に該当するものとして、別表1記載のとおりの物品税の更正処分ならびに無申告加算税および過少申告加算税の賦課決定処分(以下本件課税処分という。)を行つた。

三  しかし、本件課税処分は左記の理由によつて違法であるから取り消されるべきものである。

(一)  本件「ミルクコーヒー原液」の原料の配合割合およびその原価構成は別表IIのとおりであつて、その主成分は脱脂乳であつて、コーヒーと甘味料を主原料としないし、その性状、用途からも乳製品であるから「し好飲料」たる「コーヒーシロツプ」でないことは勿論、その他の「し好飲料」でもない。

なお、仮りに「ミルクコーヒー原液」が「し好飲料」であるとしても、右のように、その主成分は脱脂乳であり、かつねり状のものであるから、物品税法第一条別表第二種第一七号品目3に該当し、同法施行令第一条第六条別表第一第二種の物品第一七号品目3によれば乳固型分の重量または無脂乳固型分の重量の全重量に対する割合が一〇〇分の一四以上または一〇〇分の一〇以上のものは非課税物品とされているところ、本件「ミルクコーヒー原液」の乳固型分の重量比は一〇〇分の八〇以上であるので非課税物品である。

(二)  仮りに本件「ミルクコーヒー原液」が課税物品であるとしても本件課税処分の対象となつた昭和三九年二月より昭和四一年一〇月までの間に適用施行されていた物品税法基本通達別表第二種戊類四五(10)は、コーヒーシロツプおよび紅茶シロツプを定義して「コーヒーシロツプおよび紅茶シロツプとはコーヒー又は紅茶を原料として、これに甘味料を加えたものでき釈して飲用するのに適する濃度および甘味を有する飲料をいう。」と定めていた。これはコーヒーを原料として、これに甘味料を加え、き釈して飲用に供するもので、いわゆるインスタントコーヒーの一種であつて、本件のような牛乳を主成分とした乳製品のようなものを予想していない。ところが昭和四一年一一月、前記基本通達中のコーヒーシロツプに関する定義を「コーヒーを原料として、これに甘味料およびその他の物品を加えたもので、き釈して飲用するに適する濃度および甘味を有する飲料をいう。」と改めた。これは従前の通達では本件「ミルクコーヒー原液」については課税できないため、急拠改正し、右のように「その他の物品」という文言を挿入して右課税を可能ならしめようとしたものである。そもそも、この基本通達なるものは、物品税法で定められた抽象的納税義務を具体的に明確化し、現実には基本通達によつて課税されるかの観を呈し、その内容・機能からみれば、物品税法と一体をなすものであるから、前記通達の改正前に製造移出した本件「ミルクコーヒー原液」について、右改正後の通達に基づいて課税することは許されないので、本件課税処分はこの点からも違法たるを免れない。

四  よつて、原告は被告に対し本件課税処分の取り消しを求める。

と述べた。

被告指定代理人は、答弁として

請求原因第一項の事実のうち原告が「ミルクコーヒー原液」を製造したのは、昭和三五年五月ごろであるとの点および原告が「ミルクコーヒー原液」が不課税物品と信じていたとの点は不知、その余は認める。同第二項の事実は認める。同第三項(一)の事実のうち「ミルクコーヒー原液」の配合割合、その原価構成は不知、その余は争う。同第三項(二)の事実は、基本通達改正の点は認めるが、その余は争う。基本通達を改正したのは、従来から法律の解釈上当然とされていたことを、より妥当な表現に改めたに過ぎない。

と答え、主張として次のとおり述べた。

本件課税処分には原告主張のような取消事由は何ら存在しない。すなわち、本件「ミルクコーヒー原液」は物品税課税物品たる「コーヒーシロツプ」である。

物品税法第一条によれば、同条別表第二種第一七号品目2(昭和四一年法律第三四号による改正前の物品税法第一条別表第二種第四類第四一号品目は、以下についてはこの括弧部分は省略する。)に掲げる「コーヒーシロツプ」は、物品税の課税物品とされている。右「コーヒーシロツプ」については、物品税法上何等の定義規定も存しないので、同法の目的に照らしそのしやし性、し好性、便益性等ならびに一般消費者の生活および産業経済におよぼす影響等や社会通念を考慮して合理的に解釈するほかないが、右見地から、「コーヒーシロツプ」とは、「コーヒーを原料として、これに甘味料およびその他の物品を加えたもので、き釈して飲用するのに適する濃度および甘味を有する飲料をいう。」と定義すべきものである(昭和四一年一一月二四日付国税庁長官通達「物品税法基本通達」別表第一第二種の物品、一七飲料類および飲料用のし好品・一七)。右定義は物品税の課税物品とされていない市乳等と異なり、コーヒーシロツプが一般的に滋養および保健飲料としてよりも、むしろし好飲料として飲用に供されている現状からみて、課税対象とされていることに適合する。

ところで被告の調査の結果によれば、右「ミルクコーヒー原液」の原料配合、性状等は

1  コーヒー豆を原料としてこれに少量のチコリー(コーヒー増量材で物品税法第一条別表第二種第一七号品目5の課税物品たる飲料用のし好品)を加えて浸出したコーヒーエキスにブドウ糖、砂糖、サツカリンの甘味料とカラメル(着色材)、サイクラミン酸ナトリウム、ガム、クエン酸ナトリウム、重炭酸ナトリウムを加え、さらに脱脂乳を加えて濃縮し製造したものであること

2  九ないし一〇倍にき釈して飲用に供するものであること

3  その性状が常温において、その収容容器を傾斜した場合、自然に流出する程度の粘度のもので液状であること

が認められ、かつ本件「ミルクコーヒー原液」は、コーヒー特有の香り、甘味、色彩を保有しており、社会通念上も、し好飲料たる「コーヒーシロツプ」と認められるので、物品税法上の「コーヒーシロツプ」に該当するものというべきである。

なお、原告は「ミルクコーヒー原液」は主成分が脱脂乳であつて、主原料がコーヒーと甘味料でないから「コーヒーシロツプ」にもまた「し好飲料」にも該当しない旨主張しているが、物品税法上も社会通念上も「コーヒーシロツプ」がコーヒと甘味料を主原料とするものであると限定する理由は何ら存在しないし、また原告は本件「ミルクコーヒー原液」がたとえし好飲料であるとしても、物品税法第一条別表第二種第一七号品目3の「ねり状のもの」に該当すると主張するが、右「ねり状」とは、「その性状が常温において、その収容容器を傾斜させても、自然に流出しない程度の粘度を有するもの」をいうと解すべきところ、本件「ミルクコーヒー原液」が右の程度の粘度を有しないものであることは明らかであるから、原告の右主張はいずれも理由がない。

証拠〈省略〉

理由

一  原告は乳製品の製造、販売を業とする会社で、遅くとも昭和三九年二月から「ミルクコーヒー原液」なる物品を製造してきたが、従来物品税の申告をしなかつたところ、被告が右「ミルクコーヒー原液」が物品税法第一条別表第二種第一七号品目2に掲げる「コーヒーシロツプ」に該当するものとして、本件課税処分を行つたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件課税処分について原告主張の取消事由が存在するか否かについて検討する。

(一)  「ミルクコーヒー原液」が物品税法第一条別表第二種第一七号品目2の「コーヒーシロツプ」に該当するか否かについて右「コーヒーシロツプ」の意義については、物品税法上何ら定義づけはなされていないので、同法条の立法趣旨に照らしてこれを合理的に解釈するほかはないが、物品税法が「コーヒーシロツプ」を課税物品としたのは、コーヒーが強度にし好性に富むものであるので、このようなコーヒーの特性が生かされたシロツプ(濃度の高い糖液)を課税の対象にしようとするものと解されるから、そのシロツプにおけるコーヒーの含有量が少量であつても、また、コーヒーの他に他の物が含有されていても、そのシロツプ自体においてコーヒーの特性が生かされている以上は、「コーヒーシロツプ」と解してさまたげないものというべきである。

しかして一般に乳製品は滋養および保健食品として不課税物品とされているところであるが、コーヒーの他に乳製品を多量に含有するシロツプが不課税物品とされる乳製品に該当するか、課税物品とされる「コーヒーシロツプ」に該当するかは、それが主として滋養および保健食品たる性格を有するか、し好飲料たる性格を有するかにより決定すべきものと解される。

そこで本件「ミルクコーヒー原液」がコーヒーの特性の生かされたし好飲料であるか否かについて検討するに、証人町原敦夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争のない乙第一、二号証、証人村井正大、同大塚徳次、同町原敦夫、同町原籌夫の各証言および鑑定の結果によれば、本件「ミルクコーヒー原液」は、コーヒー豆を焙煎粉粋したものを浸出器にかけてコーヒーの浸出液をとり、これに水の他ブドウ糖、脱脂乳、サツカリンナトリウム、チコリ等を加えて濃縮して製造したものであり、その主たる成分の割合は、糖分が最も多く、次いで水分、乳固型分の順になつており、本件「ミルクコーヒー原液」はその濃厚な甘味とともにその色、香、味においてコーヒーの特性を保有しており、通常の状態においては、常温において収容された容器を傾けた場合、自然に流出する程度の粘度を有するものであつて、九ないし一〇倍にき釈して飲用に供するものであつて、滋養および保健食品としての性格よりもしやし的用途に用いられるし好飲料たる性格をより強度に有していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみれば「ミルクコーヒー原液」は物品税法上前記所定の課税物品たる「コーヒーシロツプ」に該当するものというべきである。

なお原告は、「ミルクコーヒー原液」が、「し好飲料」だとしても、液状の「コーヒーシロツプ」ではなく、同別表第二種第一七号品目3の物品の「ねり状のもの」に該当し、かつこれにつき定められた非課税物品に該当すると抗争するけれども、本件「ミルクコーヒー原液」が、通常の状態においては、常温において収容された容器を傾けた場合、自然に流出する程度の粘度を有するものであつて、九ないし一〇倍にき釈して飲用に供するものであることは前示認定のとおりであつて、このことを、物品税法第一条別表第二種第一七号品目3にいう「ねり状のもの」とは、同条が右文言を溶解して飲料に供するものの形態の一として「固形、粉末のもの」と並らべて掲げていることに鑑み、相当粘度の高いものを予想していると解されることと比較検討するとき、前記程度の粘度を有するにすぎない本件「ミルクコーヒー原液」を、前記品目3にいう「ねり状のもの」に該当するとは到底いえないし、結局前示認定のように液状の「コーヒーシロツプ」に該当すると認めるのを相当と解する。

(二)  さらに、原告は、当初の物品税法基本通達においては「コーヒーシロツプとはコーヒーを原料としてこれに甘味料を加えたもので云々」と規定し、牛乳を主成分とした乳製品である本件「ミルクコーヒー原液」のごときものを予想していなかつたところ、「ミルクコーヒー原液」が出現するに及び、これに対する課税を可能ならしめるため昭和四一年一一月右基本通達における「コーヒーシロツプ」の定義を「コーヒーを原料としてこれに甘味料その他の物品を加えたもので云々」というふうに改正したものであるから、かりに「ミルクコーヒー原液」が「コーヒーシロツプ」に該当するとしても、右基本通達の法規に準ずる性格に鑑み、右基本通達改正後に製造移出された「ミルクコーヒー原液」についてのみ課税すべきであつて、それ以前に製造移出されたものについてまで課税したことは違法であると主張し、原告主張のような基本通達の改正があつたことは当事者間に争いのないところであり、本件「ミルクコーヒー原液」の出現が右基本通達改正の契機となつたことは証人大塚徳次の証言により認められるが、右基本通達は物品税法の解釈基準となるにとどまり、何ら法規たる性質を有するものではないから、物品税法の解釈により本件「ミルクコーヒー原液」が「コーヒーシロツプ」に該当すると解される以上、前記のような事実があつたからといつて原告主張の前記課税処分が違法となるものではないので、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  してみれば、被告がなした本件各課税処分は適正であつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 美山和義 松尾政行 来本笑子)

(別表I、II省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例